本研究では,東京大都市圏郊外において女性が結婚後退職し,その後再就業する要因を労働市場の構造に求め,結婚に伴う職住関係の変化を埼玉県浦和市居住者を対象としたアンケート調査の結果をもとに検討した.
その結果,まず東京大都市圏郊外においては,中心部に比べて乳幼児を抱える世帯で妻の就業率が低く,既婚女性の職業経歴は中断・再就職型が中心であり,中高年女性は自宅近くでパートとして働く傾向が強いことが明らかになった.ここには東京都区部に女性のフルタイム雇用が集中し,郊外ではパートタイム雇用が多いという東京大都市圏における労働市場の特徴が影響している.
次に結婚に際しての人口移動が妻の就業に与える影響を考察した.その結果,就業地が離れた者同士が結婚した場合,妻が居住地の長距離移動を行い,その際に妻の就業地が変化したり退職したりする傾向が強く,その影響は,学歴や職業といった社会経済的属性による影響を大きく上回る.郊外においては,結婚やその後の転勤で他地域から流入した者が少なくないと考えられるので,長距離移動によって退職した女性の存在が郊外における既婚女性の就業率を低下させる要因のひとつとなっている.
さらに結婚前後に妻・夫ともに東京50km圏内に居住していた世帯を対象として,東京大都市圏における労働市場などの構造的な問題が,結婚前後の職住関係の変化に与える影響を考察した.その結果,就業を継続した者については,結婚前後で平均通勤時間はあまり変化せず,妻と夫の差もそれほど大きくなかった.さらに結婚後の共働き世帯では,妻・夫ともに郊外から都区部に平均1時間ほどかけて通勤するパターンが最も多かった.これは直接的には結婚前の時点ですでに郊外から都区部に通勤する者が多いことによるものだが,さらにフルタイム雇用の都区部への集中という労働市場の特徴,および大都市圏外からの流入者の中で,結婚前の時点ですでに郊外から都区部に通勤している者が少なくないことも影響している.妻・夫双方が郊外から都区部に通勤するパターンは,結婚直後には可能であるが,その後しだいに,妻は退職するか,あるいは自宅周辺で就業するように変化する.この変化の過程で妻の職業経歴に空白が生じ,そのことが郊外における女性のM字型の年齢別就業率の形成に影響している.
最後にこれらの結果が,家父長制とのかかわりでどのように位置づけられるかを検討したい.まずⅣでの分析で明らかにされたように,結婚に際しては妻と夫の就業地を考慮して新居を選ぶ必要があるが,妻と夫の就業地が離れている場合両者の就業の継続は困難であり,妻が退職したり就業地を変化させる.そのような調整方法は性差別的であるが,家父長制にかかわる諸制度によって正当化されている.すなわち,一般に女性は昇進などで男性よりも不利な立場に置かれ,また妻が退職した世帯に対して税制や社会保障制度などの面で優遇措置がもうけられることによって,夫が就業を継続し,妻が退職することは合理的な行動となるのである.
さらに東京大都市圏においては結婚後に郊外から都区部に通勤する共働き世帯が形成されやすい.そうした世帯では,通勤時間の制約により,都区部での共働きという生産活動を継続することと,家事や育児など家庭での再生産活動とを両立することが困難であり,ふたつの活動の両立をあきらめた世帯では,妻の退職という形で矛盾が調整される.さらに郊外におけるパートタイム雇用は,結婚後いったん退職した女性によって担われている.もちろん結婚後に夫が退職し,妻が就業を継続することも考えられるが,不均等なジェンダー関係が存在するため,退職する役割はもっぱら妻に割り当てられる.つまり東京大都市圏においては,性に関する秩序としての家父長制が,郊外における生産活動・再生産活動を維持するための調整様式の一部として機能しているとみなすことができる.
今後の男女共同参画社会を考える上で,家父長制にかかわる諸制度を見直していくことが重要であるが,家父長制を必要とする東京大都市圏の構造自体が問題点として検討されなければならない.すなわち,現在の東京大都市圏は職住が著しく分離しており,郊外の既婚世帯において生産活動と再生産活動を両立するためには,家父長制と結びついた性別役割分業が必要とされるという問題である.この点に関しては,保育所などの施設レベルから都市計画,国土政策レベルまで,ジェンダーの問題を踏まえた幅広い議論が必要であり,また諸外国の大都市圏における女性就業の実態などとの比較検討も必要と考えられる.
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