本研究は,1990年代後半に起こった,東京大都市圏における郊外から都区部への通勤者の減少に関して,その要因を性,コーホートおよび年齢に着目して分析した。分析の結果をまとめると,以下のようになる。まず郊外から都区部への通勤者の減少は,主に男性通勤者の減少によるものであった。そこで男性の年齢階級別就業地構成により,114市町村をクラスター分析にかけ,6つのクラスターに分類した。
そこから,高度経済成長期に就職し,東京に通勤していた世代が退職する年齢層に到達し始めたことにより,県外通勤者が減少しており,その一方で新規の県外就業者の増加が少ないという点が明らかになった。新規の県外就業者については,新卒者の年齢層(25-29歳)での県外通勤率が90年代に入って低下していることに加え,90年代後半には,30歳代~40歳代での外部からの人口流入に伴う県外通勤者の増加が見られなくなったことが特徴である。このことは,従来の渡辺(1978)のモデル化したライフサイクルに伴う遠心的な東京大都市圏内の人口移動が,90年代後半には停止したことを意味する。
都区部から郊外への人口移動が減少した理由としては,まず長期的傾向として,大都市圏外部からの流入者が減少していること,20歳代,30歳代での未婚率の上昇により,居住スペースを増加させる必要がない人の割合が高まっていることがあげられる。さらに,短期的な要因としては,90年代後半に都区部内での分譲マンションの供給が急増したことにより,結婚後に郊外に移転しなくても適当な居住スペースを確保できるようになったことがあげられる。これらのことから,30~50kmの距離帯では,東京への就業機会の依存が低下し,郊外核への依存が強まりつつある。
女性就業者については,90年代後半においても県外通勤者の減少はわずかであったが,その中身を検討したところ,1990年前後のバブル期に就職した世代がそのまま県外での就業を継続している割合が高く,一方で新規学卒者については県外就業率が低下していることがわかった。これにより,県外通勤者の顕著な増減は見られない。
最後に,バブル崩壊後の不況が通勤流動にどのような影響を与えているかを検討した。まず,男性の失業率,非労働力人口割合を検討すると,90年代前半には失業率が,後半には非労働力人口割合が高まり,就業者数の減少に結びついた。特に郊外居住者の中では40歳代以降での県外通勤者の減少が顕著である。また,90年代には若年者で男女とも非正規雇用者が顕著に増加しており,このことは郊外から都区部へといった長距離の通勤を減少させると考えられる。
このように,90年代後半の東京大都市圏における通勤流動の変化は,多数の要因が複合的に作用した結果であると言える。その中には,短期的なトレンドと長期的なトレンドが混在しているが,現在のところ郊外から都区部への通勤者が増加する要素は見あたらないので,今後も当面は郊外から都区部への通勤者数の減少は続くと予想される。
通勤時間の短縮は,平日の一日に使うことのできる個人の自由時間を増加させる。そのことは,居住地での夜間に開かれる地域活動などに参加したり,あるいは共働きをしたりすることにたいする制約を小さくすることを意味する。しかし90年代後半に起こった郊外から東京都への通勤者数の減少には,非正規雇用の増加や,失業者の増加といった,生活の質の向上には結びつかない要素も影響しており,その評価は容易ではない。
また本研究では,主に居住者の側から通勤流動の変化を明らかにしたが,雇用機会の郊外化の側面からも検討する必要があると考えられる。
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