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谷謙二研究室(埼玉大学教育学部 社会講座 人文地理学)



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戦後日本における人口移動と大都市圏の変化に関する研究
-ライフコースの視点から-

名古屋大学大学院文学研究科提出課程博士論文
名古屋大学学術機関リポジトリ(PDF)
谷 謙二

論文構成

第1章 序論
1.問題の所在
2.本研究の目的と構成

第2章 戦後の国内人口移動パターンと大都市圏の変化に関する従来の研究
1.戦後日本の国内人口移動パターンとそれに関わる従来の解釈
(1)戦後の国内人口移動パターン
(2)移動パターンの変化に関する経済的要因と人口学的要因
(3)大都市圏と非大都市圏における年齢構造の差異
2.大都市圏内での人口移動と郊外化
3.三大都市圏における年齢構造の共通性と大都市圏の構造変容
(1)三大都市圏における年齢構造の共通性
(2)大都市圏の構造変容に関する議論
(3)通勤流動の変化と女性の通勤行動

第3章 人口移動研究の方法論とライフコース・アプローチ
1.行動論的研究と移動経歴研究
(1)居住地移動研究への行動論的アプローチの導入
(2)行動論的アプローチへの批判
(3)移動経歴研究への関心の増大
(4)日本における研究
2.ライフコース・アプローチ
3.ライフコース・アプローチと人口移動の地理学的研究
4.人口移動研究で用いられるデータ
(1)横断データ
(2)縦断データ

第4章 大都市圏郊外の形成と住民の居住経歴
  -高蔵寺ニュータウン戸建住宅居住者の事例-
1.はじめに
2.対象地域とその年齢構造
3.調査
4.イベントとその間の居住地の移動
(1)年齢とイベント
(2)イベント及びイベント間の居住地の移動
(3)イベントを基準とした移動率
5.出生地による居住経歴の分析
(1)名古屋大都市圏出生者の居住経歴
(2)東京・大阪大都市圏出生者の居住経歴
(3)非大都市圏出生者の居住経歴
6.郊外への直接流入
7.まとめ

第5章 コーホート規模と女性就業から見た日本の大都市圏における通勤流動の変化
1.はじめに
2.高蔵寺ニュータウン居住者の居住経歴と職業経歴・家族経歴
(1)夫と妻の職業経歴の差異
(2)調査対象世帯における通勤流動の変化
3.埼玉県における中高年女性就業者の増加と通勤流動の変化
(1)埼玉県における通勤流動の変化
(2)年齢階級別女性就業者数の増加に関する要因分解
(3)要因分解の結果
4.埼玉県における女性の就業構造の変化
5.まとめ

第6章 非大都市圏出生者の移動経歴に関するコーホート分析
1.はじめに
2.資料と分析方法
(1)資料
(2)対象者および移動の定義
(3)分析の視点
3.出生地によるイベント間移動の差異
4.非大都市圏出生者のイベント間移動に関するコーホート分析
(1)コーホート別学歴構成
(2)中卒者のイベント間移動
(3)高卒者のイベント間移動
(4)大卒者のイベント間移動
(5)全体のイベント間移動
5.非大都市圏出生者の移動経歴パターンと移動者属性
(1)非大都市圏出生者の移動経歴パターン
(2)移動経歴パターン別にみた職業構成
(3)移動経歴パターン別にみた続柄
6.まとめ

第7章 大都市圏郊外都市における都市内居住地移動
-愛知県一宮市の事例-
1.はじめに
2.移動世帯の抽出と距離帯別の分析
3.移動世帯属性と残留・流出世帯の判別
(1)移動世帯の属性
(2)数量化理論Ⅱ類による残留・流出世帯の判別
4.まとめ

第8章 結論
1.本研究の要約
2.今後の大都市圏像と人口移動

要 旨

 1950年代後半から70年代始めにかけて非大都市圏側から大量の人口を受け入れた大都市圏側では,60年代後半から急激な郊外化の動きが起こった。この動きは,非大都市圏から大都市への人口流入に伴う単なる溢れ出しとして捉えることは誤りであり,いったん大都市に流入した人々が,結婚や子供の誕生・成長に伴って,より広い居住スペースを求めて居住地を移動する住み替えによって引き起こされていると捉えるべきである。そこで,名古屋大都市圏郊外の高蔵寺ニュータウン居住者(1935~55年出生)を対象として行った縦断調査をもとに,大都市圏郊外の形成過程の中に住民のライフコースを位置づけた。そこからは,1960年代までに就職や進学で大都市圏中心市に流入した人々が,転勤などによる都市間移動を含みつつも,結婚を期として1970年代に中心市から郊外に移動していく過程が顕わになった。その過程では,夫と妻で若干の差異があり,夫が非大都市圏から中心市に移動し,結婚と同時に郊外に移動するパターンが中心であったのに対し,妻の場合は非大都市圏から中心市を経由せずに直接結婚に際して郊外に流入するといった特徴も見られた。そして,大都市圏郊外が他地域からの流入者の受け入れ先として大きな役割を果たしていることが明らかになった。

 人口郊外化に続き,これまで中心市に従属したものと見なされてきた郊外が,様々な面で自立化してきたと言われるようになった。本研究では郊外内部での通勤流動の増大を骨子とする通勤流動の変化を分析した。そこでは,高蔵寺ニュータウン調査のデータから個人レベルで移動経歴・居住経歴・家族経歴の相互の関係を明らかにし,さらにその結果を埼玉県における集計レベルでの分析に適用した。分析の結果明らかになった通勤流動の変化は次のようにまとめられる。まず,1960年代までに上で述べたような特定のコーホートを中心とした大都市圏中心部への大量の人口流入が生じた。ついで当該コーホートが結婚期を迎えた1960年代から70年代前半までに,中心部から郊外への大量の居住地の移動が発生した。ここで重要な点は,郊外への流入の際,流入世帯の夫は就業地を大都市圏中心部に残したままであったが,妻は育児などにより職を離れた状態だったという点である。その結果,郊外化の初期の段階においては流入世帯の夫による中心市への通勤が強調され,郊外では大都市圏中心部へ就業地を依存する傾向が強まった。

 1970年代後半以降になると当該女性コーホートが育児期を過ぎて就業を再開できるようになり,自宅近くで就業する中高年女性が急激に増加した。その増加には,一般的な就業率自体の上昇も寄与しているが,基本的には1970年代前半までの人口郊外化による人口規模の拡大の影響が,タイムラグを伴って現れたものである。その結果郊外内部での通勤流動が増加することになり,1970年代後半以降になると中心部への通勤率の上昇は止まることになった。こうした中高年女性の就業者の増加に対しては,就業構造の変化も影響しており,従来から言われているようにホワイトカラー系の職種の増加に加えて,ブルーカラー系の職種が1970~75年を境に若年層主体から中高年パートタイマー主体へと急速に雇用形態を変えた影響も大きい。このように日本の大都市圏郊外は,1960年代~70年代前半までに郊外に流入した女性の人口学的性質の変化,および就業構造の変化という点で,1975年頃が一つの大きな転換期であったといえる。

 上記の大都市圏居住者の分析に加え,1930~64年出生者の非大都市圏出生者全体を対象として移動経歴パターンの分析を行った。資料として,日本で数少ない個人の移動経歴を全国レベルで把握できる資料である,厚生省人口問題研究所の「第3回人口移動調査」のデータを用いた。そこではまず大都市圏へ移動する程度および契機がコーホートごとに変化していることが明らかになった。すなわち,1935~55年にかけてのコーホートでは就職移動で大都市圏へ向かう者が多かったのに対し,それ以降のコーホートでは進学移動が重要な大都市圏へ向かう契機となった。また,非大都市圏出生者のうち,大都市圏に移動しそのまま大都市圏に定着した者が2~3割を占めている一方で,いったん大都市圏に移動し,後に出生県にUターンする者も1940年出生者以降に増加し,大都市圏に移動した者のうち2~3割がUターンしていることが明らかになった。さらに,Uターンした者の職業を見ると,大都市圏に残留した者に比べてホワイトカラー比率が低く,出生県の地域労働市場に組み込まれていることが明らかになった。

 さらに,成長した大都市圏郊外においては,郊外中核都市と呼ばれる都市が発展してきた。本研究では,愛知県一宮市を事例に郊外都市内部における移動流を分析し,その要因分析を行った。その結果,名古屋大都市圏に含まれる一宮市においても,市中心部は名古屋市からの流入者だけでなく,県外さらに東海三県以外からの職業的理由による流入者を集める核として機能していた。そして,市内部でもライフサイクルに対応した「世帯主が30歳台で子供を伴い,住宅事情を理由とした借家から一戸建て持ち家への移動」を典型とする,中心から周辺への移動が存在していた。このことは,大都市圏レベルで観察される,大都市圏中心市への大都市圏外部からの人口流入,それに続く郊外への住み替えという連続した移動が,郊外の中核都市内部でも起こっていることを意味している。したがって,人口移動から見た大都市圏は,大都市を中心とする圏構造に加え,郊外都市においてもより規模の小さな圏構造が存在しており,重層的な構造を有していると言える。

 これらの結果を端的に述べると,1960年代に非大都市圏から大都市圏に大量に人口が流入した人々,すなわち終戦前後に出生した特定の世代の人々の生活の変化が,60年代後半~70年代の郊外化,さらに70年代後半以降の郊外の自立化という大都市圏の変化を導いたと言える。こうした大都市圏の変化を個人レベルで見ると,当該世代の移動経歴,職業経歴,家族経歴といった諸経歴の束からなるライフコースから構成されていた。そこで重要な役割を果たしたのは,コーホートの人口規模の巨大さであり,類似したライフコースをたどる人々の量が,非常に短い期間での大都市圏の変化を可能にした。そして,戦後の大都市圏の変化は,こうした世代の観点から見ると,彼らが郊外に定着し,彼らの子供である郊外第二世代が成長して労働市場に参入した現在が,一つの大きな区切りと言うことができる。また,このような個人のライフコースには,マクロな社会経済的・人口学的出来事の影響が強く投影されていることも忘れてはならない。それは,多産多死から少産少死への人口転換であり,さらに,それによって生じた規模の大きなコーホートに対して就業を可能とした,高度経済成長という経済的な出来事である。