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谷謙二研究室(埼玉大学教育学部 社会講座 人文地理学)



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コーホート規模と女性就業から見た日本の大都市圏における通勤流動の変化

人文地理 50 211-231 1998年

谷 謙二(名古屋大学大学院(当時))

論文構成

I 序論

II 三大都市圏における年齢構造の共通性と通勤流動に対する影響
(1)三大都市圏における年齢構造の共通性
(2)女性の通勤行動と通勤流動

III 高蔵寺ニュータウン居住者の居住経歴と職業経歴・家族経歴
(1)夫と妻の職業経歴の差異
(2)調査対象世帯における通勤流動の変化

IV 埼玉県における中高年女性就業者の増加と通勤流動の変化
(1)埼玉県における通勤流動の変化
(2)年齢階級別女性就業者数の増加に関する要因分解
(3)要因分解の結果
 a.1975年まで
 b.1975年以降

VI 埼玉県における女性の就業構造の変化

Ⅵ 結論

全文表示(PDF)(J-STAGEのアーカイブへのリンク)

要 旨

 本稿では,大都市圏における通勤流動の変化に関して,三大都市圏に共通する年齢構造および大都市圏に流入した女性就業者の動向に着目して分析を行った。まず,大都市圏の通勤流動の変化に関する分析を行うためには,これまでの横断データを用いた就業行動の分析では不十分であることを指摘し,名古屋大都市圏の高蔵寺ニュータウン居住者に対する居住・就業・家族の諸経歴に関する縦断データを分析し,郊外居住者特有の経歴を抽出した。さらにそこから得られた結果を一般化するため,埼玉県を取り上げて1960年代後半以降の通勤流動および女性就業の変化についてコーホート分析を行った。その結果明らかになった日本の大都市圏における通勤流動の変化の典型的プロセスは,次のようにまとめることができる。

 まず,1935~50年出生コーホートを中心とした,非大都市圏における大量の「潜在的他出者」が1960年代までに大都市圏中心部に流入した。ついで当該コーホートが結婚期を迎えた1960年代から70年代前半までに,中心部から郊外への大量の居住地の移動が発生した。その際,流入世帯の夫は就業地を大都市圏中心部に残したままであったが,妻は育児などにより職を離れた状態だったため,郊外においては大都市圏中心部へ就業地を依存する傾向が強まった。

 1970年代後半以降になると当該女性コーホートが育児期を過ぎて就業を再開できるようになり,自宅近くで就業する中高年女性が急激に増加した。その増加には,一般的な就業率自体の上昇も寄与しているが,基本的には1970年代前半までの人口郊外化による人口規模の拡大の影響が,タイムラグを伴って現れたものである。その結果郊外内部での通勤流動が増加することになり,1970年代後半以降は中心部への通勤率の上昇は止まることになった。

 さらに就業構造の変化を見ると,こうした中高年女性の就業者の増加に対しては,ホワイトカラー系の職種の増加の寄与が最も大きいが,ブルーカラー系の職種が1970~75年を境に若年層主体から中高年パートタイマー主体へと急速に雇用形態を変えた影響も大きい。このように日本の大都市圏郊外は,1960年代~70年代前半までに郊外に流入した女性の人口学的性質の変化,および就業構造の変化という点で,1975年頃が一つの大きな転換期であったといえる。

 このように,戦後の日本の大都市圏の変化には,終戦前後に出生した人口規模の大きいコーホートのライフコースという,人口学的文脈が影響していることが明らかになった。そしてコーホートと大都市圏を結びつける要素として,居住と就業の相互関係,男女間で異なる労働市場,さらに女性のライフステージの変化に伴う就業状態の変化などといった,個人レベルで観察される問題が重要な役割を果たしている。近年地理学においても個人レベルでの研究が厚みを増しつつあるが,こうしたミクロな研究をマクロな大都市圏研究へと結びつける努力が必要であろう。