大都市圏郊外住民の居住経歴に関する分析
-高蔵寺ニュータウン戸建住宅居住者の事例-
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地理学評論 70A 263-286 1997年
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谷 謙二(名古屋大学大学院(当時))
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論文構成
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I はじめに
1.問題の所在
2.従来の研究
3.ライフコース・アプローチ
II 研究方法と対象者の抽出
1.研究方法
2.対象地域
3.調査
III イベントとその間の居住地の移動
1.年齢とイベント
2.イベント及びイベント間の移動
1)出生から離家前まで
2)離家から結婚前まで
3)結婚から戸建て住宅取得前まで
4)戸建住宅取得以降
3.イベントを指標とした移動率
IV 出生地による居住経歴の分析
1.名古屋大都市圏出生者
2.東京・大阪大都市圏出生者
3.非大都市圏出生者
V 郊外への直接流入
VI 結論
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要 旨 |
本研究では,戦後の都市化と郊外化の中で郊外に定着した人々の居住経歴の特徴を詳細に明らかにした.対象者は名古屋大都市圏郊外高蔵寺ニュータウン戸建住宅に居住する1935~55年出生者とし,方法論的枠組として空間,年齢,時代の3つ軸からなるライフコース・アプローチを採用した.対象者のライフコースに関する縦断データを分析した結果をまとめると以下のようになる.
まず出生地を見ると名古屋市と非大都市圏が大きな割合を占めていた.そして親と同居していた頃の移動性は疎開や復員など特殊な要因を除けば高くなかった.1960年代以降,対象者が進学,就職する年齢になると,夫の7割,妻の3割が離家を経験した.ただし,経験した者は非大都市圏出生者に偏っており,非大都市圏出生の夫のほとんどが結婚前までに大都市圏へ移動した.この離家と結婚までの間が最も移動性の高い時期であり,転勤による都市間移動も活発であった.そして,結婚直前までに,名古屋市出生者に加えて非大都市圏出生者が名古屋市に大量に流入したことにより,名古屋市での単身青年層が増加した.
結婚は平均して夫27.7歳,妻24.6歳で1972年になされ,その際夫のほとんどが都市内・大都市圏内移動であるのに対し,妻の場合は都市間移動を行う者も多い.これは,妻の場合は結婚まで出生地にとどまる場合が多く,夫が先に大都市圏中心市に流入し,結婚とともに夫は郊外へ移動,妻は出生地,特に非大都市圏から大都市圏郊外へと中心市を経由せずに流入するケースが少なからず見られるためである.このことから,少なくとも今回の対象者間では,高度成長期における大都市への集積とその後の郊外化は,男女間でそのプロセスに相違点があったと言える.さらに,この結婚後の名古屋市から郊外への移動は,名古屋市出生の夫および非大都市圏出生で結婚前に名古屋市に流入した夫の双方に共通したものであったが,前者は戸建住宅に移動するまで名古屋市内にとどまっている者が多いのに対し,後者は結婚直後のより早い段階で郊外に移動する傾向が見られた.
結婚から高蔵寺ニュータウンでの戸建住宅へ移動するまでの間では,大都市圏内での住み替えだけでなく転勤による都市間移動も頻繁になされているが,都市間移動では部屋数の増加が伴わない場合が多い.そして,結婚後に名古屋大都市圏外出生者が主に転勤によって名古屋大都市圏に流入する場合は,新しい職場が名古屋市であるにも関わらず,居住環境を重視して郊外の春日井市に直接流入するようになる.さらに,結婚後平均約10年で高蔵寺ニュータウンの戸建住宅に入居し,夫の単身赴任を除けばその後の移動性は大幅に低下した.
このように,1960年代までの名古屋市中心部での青年層の集積と,それ以降の春日井市などでの郊外化は,「多産少死世代」付近の特定のコーホートが,人生上のイベントに合わせて居住地を移動してきた過程と一致している.このことは,日本の大都市圏の形成過程が特定のコーホートのライフコースによって影響されていることを示している.
本研究からは以上のような結論が得られたが,今回の分析では十分に検討できなかった点として,次のようなものがあげられる.
まず,今回は対象者を単一のコーホートとして扱い,夫については進学や就職に際して非大都市圏から大都市圏中心市に流入し,結婚後大都市圏郊外へ移動するという流れを確認した.しかしながら,現在では進学や就職に際して中心市を経由せずに直接郊外に流入する流れも存在すると考えられる.こうした地理的,社会的変化の中で,コーホートごとの居住経歴がどのように変化してきたかをよりダイナミックに分析することが人口移動研究ならびに大都市圏研究にとって重要と考えられる.また,同一コーホート内でも異なる属性の人々の間で居住経歴を比較することも必要であろう.
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